コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

救小屋 すくいごや

2件 の用語解説(救小屋の意味・用語解説を検索)

世界大百科事典 第2版の解説

すくいごや【救小屋】

近世に飢饉,火災,風水害などの災害時,貧窮の罹災者を収容する目的で建てられた仮小屋。また,災害に際して罹災者が集中的に出た都市社会では,罹災窮民の飢えを補うため,施行粥などの炊出し小屋もたびたび設置され,近世初頭にはこれも御救小屋と称された。しかし,貧窮者の市街浮浪を抑止するため,その全生活を管理する御救小屋と,飯米の一時的施与のみを目的とする炊出し小屋とはその社会的機能異にするため,後年ははっきり分化した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

救小屋
すくいごや

江戸時代、飢饉(ききん)・水難・火災などの天災に際し、困窮民を救済する目的で建てられた施設。同様な施設は、すでに1421年(応永28)室町幕府の将軍足利義持(あしかがよしもち)によって京都五条河原に建てられた例などが知られる。江戸時代には、小屋の規模が数千人を収容するほど大きくなり、幕府をはじめ寺社や個人によっても建てられた。江戸の場合、1742年(寛保2)の隅田(すみだ)川の洪水では新大橋西詰や両国橋際に、1836、37年(天保7、8)の飢饉では神田佐久間(さくま)町一丁目地先などに、1855年(安政2)の大地震では幕府による浅草雷門(かみなりもん)前はじめ5か所と上野輪王寺宮(りんのうじのみや)による救小屋が設置され、被災民を収容して食糧を与えた。施行米(せぎょうまい)など救援物資は、江戸の町会所や豪商などから供出させることもあった。また、救小屋では、収容民を稼ぎに出して賃金を取りまとめ、出所する際に復興資金として渡すことも行っている。1866年(慶応2)の江戸市中の打毀(うちこわし)では、蜂起(ほうき)した民衆が救小屋の設置を要求した。[馬場 章]
『南和男著『幕末江戸社会の研究』(1978・吉川弘文館) ▽南和男著『江戸の社会構造』(1969・塙書房)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

救小屋の関連キーワード飢饉気象災害風水害保険救い米内検風水害災害救助基金災害時相互応援協定自治体間の災害時相互応援協定

今日のキーワード

災害派遣

天災地変その他の災害に際して,人命または財産の保護のために行なわれる自衛隊の派遣。災害出動ともいう。都道府県知事などの要請に基づいて,防衛大臣が派遣することを原則とするが,特に緊急を要する場合,要請を...

続きを読む

コトバンク for iPhone