天台宗諸寺院縁起志(市立弘前図書館蔵)によれば、明暦元年(一六五五)一一月二五日江戸において亡くなった信義の菩提を弔うため、四代藩主津軽信政が翌二年に創建した。開山の本好が、津軽家の江戸の菩提寺天台宗
伽藍建立状況は明暦二年冬に玄関・使者の間・客殿・大書院・小書院・対面所・御装束の間、同三年夏に信義の石塔・殉死者四名の石塔・廟前石灯籠二基・瑞籬・廟惣廻塀・廟前の門を建立し、寛文一〇年(一六七〇)春に仏殿・玄関・使者の間・客殿の葺替え、元禄一三年(一七〇〇)に中の橋の架替えをし、居間廊下・学問所・湯殿・雪隠・眠蔵・台所・火消蔵・井戸二ヵ所・中門・中の橋・表門・門番所・表門橋・裏門橋・裏門・表通柵・表門前塀・外表通塀・護摩堂が建立されている。
尭天山と号し、本尊阿弥陀如来像は安阿弥作と伝える。浄土宗。寺伝では前身を葉室山
藤崎八旛宮大鳥居前を通り北の
金剛山と号し、天台宗。本尊は阿弥陀如来。寺伝では養老年中(七一七―七二四)仁聞の開基という。「豊鐘善鳴録」によると、養老初年国東六郷に開かれた霊場二八ヵ所の一。織豊期以降の成立と思われる六郷二十八山本寺目録(太宰管内志)では末山分末寺の一にあげられる。また中世末の成立と思われる六郷山定額院主目録(同書)には「麻田山報恩寺号金剛山、院主大嶽任之人、徒六箇所」とみえる。建武四年(一三三七)六月一日の六郷山本中末寺次第并四至等注文案(永弘文書)によると、寺領の四至は「限東当寺 限西丸小野 限南美尾 限北美尾」であった。江戸時代
浄土真宗本願寺派、山号甘露山、本尊阿弥陀仏。寺伝によると行基開創の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
岩手県盛岡市名須川(なすかわ)町にある曹洞(そうとう)宗の寺。山号は瑞鳩峰山(ずいきゅうほうざん)。本尊は釈迦如来(しゃかにょらい)。貞治(じょうじ)年間(1362~1368)に新潟県柏崎(かしわざき)市香積寺6世通山長徹(つうざんちょうてつ)を開山として創建された。初め越後(えちご)(新潟県)にあったが、1599年(慶長4)現在の地に移され、南部領内208か寺の僧録司(そうろくし)として栄えた。1940年(昭和15)からは専門僧堂となった。本尊釈迦牟尼(むに)仏、脇侍(きょうじ)の文殊(もんじゅ)・普賢(ふげん)像は聖徳太子の作と伝えられる。五百羅漢(らかん)堂内の盧遮那仏(るしゃなぶつ)は大和(やまと)(奈良県)橘(たちばな)寺にあったもの、脇侍の八歳童女・善財(ぜんざい)童子は朝鮮渡来のものといわれ、周りに並ぶ木造五百羅漢像は享保(きょうほう)年中(1716~1736)京都の仏師駒野丹下(こまのたんげ)らの作とされ、市内観光の名所となっている。
[菅沼 晃]
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