永野宿(読み)ながのしゆく

日本歴史地名大系 「永野宿」の解説

永野宿
ながのしゆく

[現在地名]蔵王町円田

みや宿から柴田郡前川まえかわ川崎かわさき(現川崎町)を経て笹谷ささや峠を越え出羽に至る笹谷街道宿駅で、円田えんだ村に属する。北の平沢ひらさわ猿鼻さるはな宿まで三一町余・本荷三五文、南の宮宿へは一里三三町余・本荷六八文、北東村田むらた宿(現柴田郡村田町)へは一里三三町・本荷四二文であった(円田村安永風土記)。成立は慶長期(一五九六―一六一五)にさかのぼると思われるが不詳。「梅津政景日記」寛永三年(一六二六)一二月一二日条に「かつ田の宮より笹谷まで参着致し候、川崎にて昼休、風吹、永野町より雪降る」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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