日本歴史地名大系 「河会寺跡」の解説 河会寺跡かわえでらあと 兵庫県:城崎郡日高町河江村河会寺跡[現在地名]日高町河江当初満願(まんがん)寺と称し、天平宝字年中(七五七―七六五)、賢者仙人が大岡(おおおか)寺を開創したとき薬師如来の木像二体を彫り、一体を大岡寺本尊とし、一体を河会の満願寺に寄せたといわれ、小字堂(どう)ノ後(うしろ)が満願寺の跡地とされる(日高町史)。康平六年(一〇六三)五月二〇日の妙香院庄園目録(門葉記)に別院の一として「一 但馬国河会寺」とみえ、安元二年(一一七六)二月日の八条院領目録(山科家古文書)に「但馬国河合・温泉両寺」とみえ、温泉(おんせん)寺(現城崎町)とともに八条院領のうちに数えられている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by