河原部郷(読み)かわらべごう

日本歴史地名大系 「河原部郷」の解説

河原部郷
かわらべごう

現韮崎市街、近世の河原部村を中心とした地域一帯に比定される中世郷で、河原辺とも記した。「勝山記」の享禄四年(一五三一)条に、諏訪頼満・今井信元・栗原兵庫連合軍と武田信虎軍が対決した合戦場として「河原辺」がみえる。この合戦はこれより先、武田信虎と対立した飯富兵部少輔虎昌と栗原兵庫が、甲府を引払って御岳(みたけ)に籠ったことに端を発し、以前から信虎と対立していた有力国人今井信元がこれに呼応して信虎に反旗を翻し、さらに信濃の諏訪頼満に応援を頼んで甲府に侵攻したことから引起こされた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む