河村譲三郎(読み)カワムラ ジョウザブロウ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「河村譲三郎」の解説

河村 譲三郎
カワムラ ジョウザブロウ


肩書
貴院議員(勅選)

生年月日
安政6年2月10日(1859年)

出身地
京都

学位
法学博士明治32年〕

経歴
明治19年欧州留学、帰国後司法省参事官、東京控訴院検事、35年ヘーグ万国国際法会議に出席、39年司法次官から大審院部長。大正8年会計検査院懲戒裁判官となり、法律取調委員会などに活躍。のち勅選貴院議員、錦鶏間祗候を許された。民法民事訴訟法に詳しく、訳書に「独逸帝国民事訴訟法典」。

没年月日
昭和5年4月13日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

関連語 学位

20世紀日本人名事典 「河村譲三郎」の解説

河村 譲三郎
カワムラ ジョウザブロウ

明治〜昭和期の司法官 貴院議員(勅選)。



生年
安政6年2月10日(1859年)

没年
昭和5(1930)年4月13日

出身地
京都

学位〔年〕
法学博士〔明治32年〕

経歴
明治19年欧州留学、帰国後司法省参事官、東京控訴院検事、35年ヘーグ万国国際法会議に出席、39年司法次官から大審院部長。大正8年会計検査院懲戒裁判官となり、法律取調委員会などに活躍。のち勅選貴院議員、錦鶏間祗候を許された。民法、民事訴訟法に詳しく、訳書に「独逸帝国民事訴訟法典」。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「河村譲三郎」の解説

河村譲三郎 かわむら-じょうざぶろう

1859-1930 明治-大正時代の司法官。
安政6年2月10日生まれ。司法省にはいり,大審院検事などをへて明治39年(1906)司法次官,大審院部長となる。この間,ハーグ国際私法会議に出席。貴族院議員。昭和5年4月14日死去。72歳。京都出身。司法省法学校卒。本姓不破著作に「独逸(ドイツ)帝国民事訴訟法註釈」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む