日本歴史地名大系 「河辺村古新田」の解説 河辺村古新田かわべむらこしんでん 新潟県:長岡市河辺村古新田[現在地名]長岡市川辺(かわべ)町長岡町の北方二里弱、信濃川と支流猿橋(さるはし)川に挟まれた平坦地にあり、村内を福島江(ふくじまえ)分流が通る。天保郷帳では三島(さんとう)郡に属し、古志(こし)郡李崎(すもんざき)村の枝郷とある。南は高見(たかみ)村・十二潟(じゆうにがた)新田などに接し、東は猿橋川を境に蒲原(かんばら)郡大口(おおくち)村(現南蒲原郡中之島村)に臨み、北も猿橋川を境に同郡品之木(ぼんのき)村・大保(だいぼ)村(現中之島村)に接する。もと金割(かねわり)と称した。元和四年(一六一八)牧野忠成領となったが、のち吉川兵右衛門清高なる者が草茅を開発して兵右衛門(ひようえもん)新田と称した。兵右衛門は新田義貞の末流で、肥後国菊池(きくち)郡吉川(よしかわ)の館に累代住したが、清高の時故あって李崎村に寄留し、元和年間当地を開発したという。その後裔吉川氏は累世当村の庄屋を勤めた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by