法印坂(読み)ほういんざか

日本歴史地名大系 「法印坂」の解説

法印坂
ほういんざか

[現在地名]須崎市大谷

久通くつう大谷おおたに境にある法院ほういん(二七九・四メートル)の山の尾根から西の大谷集落に下る坂を法印坂という。天文一一年(一五四二)大善だいぜん寺の住職道貞は久通からこの坂を経て大谷へ行く途中、坂の北西「ふなごおら」から盗賊が射た矢に当たって死んだ。矢は道貞の体を射抜いて南の谷に落ち、谷はのちにガ谷とよばれるようになったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 縁日 供養

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む