法印坂(読み)ほういんざか

日本歴史地名大系 「法印坂」の解説

法印坂
ほういんざか

[現在地名]須崎市大谷

久通(くつう)・大谷(おおたに)境にある法院(ほういん)山(二七九・四メートル)の山の尾根から西の大谷集落に下る坂を法印坂という。天文一一年(一五四二)大善(だいぜん)寺の住職道貞は久通からこの坂を経て大谷へ行く途中、坂の北西「ふなごおら」から盗賊が射た矢に当たって死んだ。矢は道貞の体を射抜いて南の谷に落ち、谷はのちに矢(や)ガ谷とよばれるようになったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 縁日 供養

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む