ぎょうにん‐ざかギャウニン‥【行人坂】
- 東京都目黒区下目黒、JR山手線目黒駅から目黒川の谷に下る坂。寛永年間(一六二四‐四四)、出羽国湯殿山の行人が大日如来の堂(現在の大円寺)を建立したために呼ばれた。明和九年(一七七二)のこの坂付近の火事は、江戸大火の一つとして有名。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例
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行人坂【ぎょうにんざか】
東京都目黒区大円(だいえん)寺前から目黒川に架かる太鼓橋に下る坂。寛永年中(1624年−1644年)羽州湯殿山の行者がここに大日如来堂を建立したことが坂の名の由来という。1772年(明和9年)2月29日正午ごろ大円寺から出火,火は南西の風に煽られて麻布(あざぶ),芝から江戸城諸門を焼き,さらに京橋・日本橋・神田方面から浅草・新吉原へと広がり,千住まで届く大火となった(目黒行人坂の大火)。同日午後6時ごろには本郷菊坂から出火して谷中・根岸や駒込・巣鴨まで焼き尽くす火事も発生した。この二つの火事をあわせて明和の大火という。なお都内には新宿区ほかに同名の坂がある。
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行人坂
ぎょうにんざか
東京都目黒区東部,目黒川の谷にある急坂。江戸時代初期は白金台から祐天寺,二子玉川方面への表本道。現在商店街でにぎわう権之助坂を新坂,行人坂を旧坂という。寛永年間 (1624~44) に羽州湯殿山の行者が祈願修行のため閑寂な坂の中腹に大日如来堂 (現在の大円寺) を建て,この地域に居住したのでこの名称がある。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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行人坂(ぎょうにんざか)
東京都千代田区三番町と四番町の境目、南法眼坂の北にある坂の名。かつて某法印という名の行人(行者)が住んでいたことにちなむとされる。「法印坂」「法眼坂」ともいう。
出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報
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