日本大百科全書(ニッポニカ) 「泡鳴五部作」の意味・わかりやすい解説
泡鳴五部作
ほうめいごぶさく
岩野泡鳴一代の長編小説で『放浪』『断橋(だんきょう)』『憑き物(つきもの)』『発展』『毒薬を飲む女』の5作品の総称。初出は1910年(明治43)から18年(大正7)に及び、単独の出版や『毎日電報』などの新聞や『中央公論』などの雑誌に発表された。のち添削改訂され、『毒薬を飲む女』を除き、新潮社版『泡鳴五部作叢書(そうしょ)』(1919~20)として出版。内容は、東京で下宿屋を経営する田村義雄が主人公で、妻との不和から清水鳥という女性と関係する。経済上の不如意から樺太(からふと)でカニの缶詰事業に手を出すが、一文なしになり北海道で寄食の放浪生活をする。来道したお鳥との豊平(とよひら)川での心中未遂事件などが中心的に描かれる。泡鳴の自然主義的表象詩が北海道の大自然のパノラマに融合し、作中の素材(事件、人物)を作者の主観を導入した1人の主人公から描く、いわゆる一元描写という形で統一散文化された、近代日本文学の屈指の作品。明治末から大正にかけての「家」や時代、社会の相を知るうえでも貴重な作品といえる。
[伴 悦]
『『日本文学全集 13 岩野泡鳴』(1974・集英社)』