波木井郷(読み)はきいごう

日本歴史地名大系 「波木井郷」の解説

波木井郷
はきいごう

富士川と支流波木井川の合流点の上流西岸、現身延町波木井を遺称地とする中世郷。ハキリともいう。飯野いいの牧のうち。南部光行の子波木井六郎実長は当郷の地頭としてこの地を領し、波木井殿とよばれた。現在の富士川沿い波木井集落から北西山中にある古屋敷ふるやしきはかつての波木井の集落跡で、実長の居館(波木井城)跡もあったと伝える(甲斐国志)。文永一一年(一二七四)五月一二日、幕府に失望した日蓮は鎌倉を立ち、一七日当郷に着いて実長と対面、郷内の身延山に庵を構え隠棲生活に入るが、これを全面的に支援したのが実長であった。日蓮をして「波木井殿の御育みにて九箇年の間、身延山にして心安く法華経を読誦し奉り候つる志をは、いつの世にかは思忘候へき」といわしめている(弘安五年一〇月七日「日蓮書状」日蓮聖人遺文)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む