波田須村(読み)はだすむら

日本歴史地名大系 「波田須村」の解説

波田須村
はだすむら

[現在地名]熊野市波田須町

新鹿(あたしか)村の南南西、熊野街道沿いの山麓に村落が点在する。東は熊野灘に面するが、荒磯のため船繋りする所がなく漁労できず農林業の村である。「紀伊続風土記」は「波田須の義詳ならす、或は古は秦住(はたす)と唱ふ、秦の徐福此に来り止まりし故秦住といふといへり、妄説にして信するに足らす」と記す。しかし当村の徐福伝承は古くよりあり、徐福終焉の地といわれる所に墓を建て、小祠を祀る。慶長六年(一六〇一)の検地帳(徳川林政史蔵)に「波多須村」と記されている。江戸時代初期木本組に属する。木本組波田須村新田畑御検地帳写(徳川林政史蔵)によれば、寛永一七年(一六四〇)から元禄八年(一六九五)にかけて新田畑の開発が行われている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む