洞爺村(読み)とうやむら

日本歴史地名大系 「洞爺村」の解説

洞爺村
とうやむら

面積:一一三・六九平方キロ

大正九年(一九二〇)六月一日に成立した現在の虻田(あぶた)郡の村。虻田村から分村して二級町村洞爺村となる。胆振支庁管内西部に位置し、南西は洞爺湖および虻田郡虻田町、西は同郡豊浦(とようら)町、北は後志支庁虻田郡真狩(まつかり)村・留寿都(るすつ)村、東は有珠(うす)郡大滝(おおたき)村、南東は同郡壮瞥(そうべつ)町および洞爺湖に接する。洞爺湖に浮ぶ中(なか)島の北部は当村域に含まれる。村の大部分が羊蹄(ようてい)山の山麓に連なる台地で、一部が洞爺湖側への傾斜地と湖畔平坦地である。南西部から北に向かって国道二三〇号が走る。当地には明治二〇年(一八八七)旧讃岐丸亀藩士の三橋政之・間宮光貴の兄弟が二二戸・七六人の団体を率いて一ノ原(いちのはら)・二ノ原(現在の字大原)に入植したが、霜害による不作のためその地を返納、同二二年新たに洞爺湖畔一四万坪の貸付けを受けて転入し、集落を形成した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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