津久居 平吉
ツクイ ヘイキチ
明治・大正期の陸軍歩兵少佐
- 生年
- 明治4年11月15日(1871年)
- 没年
- 昭和6(1931)年9月16日
- 出生地
- 栃木県佐野町
- 学歴〔年〕
- 陸士卒
- 経歴
- 明治27年陸軍に入り歩兵少尉となり、日清戦争に従軍。旅順、威海衛の攻撃に参加した。36年北京に留学し清国事情を研究。日露戦争開戦直前、八達嶺でロシア軍の電話線を切断するなど特別任務に就いた。第1師団司令部付を経て、日露戦争後、少佐に進み、満州独立守備隊大隊長となるが、辛亥革命の際に革命派の藍天蔚らと通じて停職となり、予備役に編入された。のち熊岳城付近で農場を経営し、果樹栽培などで成績を上げ、また水田開拓に尽力するなど満州の開発に貢献した。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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津久居平吉 つくい-へいきち
1871-1931 明治-大正時代の軍人。
明治4年11月15日生まれ。27年陸軍にはいり,日清戦争に従軍。36年北京に留学。日露戦争開戦直前,八達嶺でロシア軍の電話線を切断するなど特別任務についた。日露戦争後,満州独立守備隊大隊長となるが,辛亥(しんがい)革命のとき革命派の藍天蔚らと通じて停職,予備役編入。陸軍少佐。昭和6年9月16日死去。61歳。栃木県出身。陸軍士官学校卒。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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