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津軽信明 つがる のぶあきら

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

津軽信明 つがる-のぶあきら

1762-1791 江戸時代中期-後期の大名。
宝暦12年6月22日生まれ。津軽信寧(のぶやす)の長男。天明4年陸奥(むつ)弘前(ひろさき)藩(青森県)藩主津軽家8代となる。天明の大飢饉(ききん)後は藩の復興に専念し,藩士の帰農土着を奨励。詩歌にすぐれる。寛政3年6月22日死去。30歳。名は「のぶはる」ともよむ。字(あざな)は安郷。号は合浦。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

津軽信明

没年:寛政3.6.22(1791.7.22)
生年:宝暦12.6.22(1762.8.11)
江戸後期の大名。弘前藩(青森県)8代藩主。弘前城に生まれる。7代藩主信寧の子,母は安西氏。天明4(1784)年の大飢饉の年に襲封。飢饉後の弘前藩を再建し,人材を登用して寛政の改革に着手。家臣毛内宜応の献策を受け入れて,家臣団を帰農土着させる全国的にもほかに例をみない政策を実施した。このほか学問を奨励し,兵学・武芸教育の強化を図り,刑法を整備した。これらの一連の政策は,蝦夷地警備にともなう藩体制の強化策であった。改革のなかば,江戸藩邸で死去。信明の生活を窺うものとして,「在国日記」がある。名君として知られる肥後熊本藩の藩主細川重賢と親交があり,弘前藩の改革も重賢の改革政治に影響されるところがあったのではなかろうか。

(長谷川成一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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