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津軽承昭 つがる つぐあきら

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美術人名辞典の解説

津軽承昭

弘前藩主。初名は承烈、号は桃園・仙桃等。順承の養子。宮中麝香間祇候を務め従一位に至る。伯爵。和歌を能くした。大正5年(1916)歿、76才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

津軽承昭 つがる-つぐあきら

1840-1916 幕末-大正時代の大名,華族。
天保(てんぽう)11年8月12日生まれ。肥後熊本藩主細川斉護(なりもり)の4男。津軽順承(ゆきつぐ)の婿養子となり,安政6年陸奥(むつ)弘前(ひろさき)藩(青森県)藩主津軽家12代。戊辰(ぼしん)東北戦争や箱館戦争で新政府に貢献した。伯爵。大正5年7月19日死去。77歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

津軽承昭

没年:大正5.7.19(1916)
生年:天保11.8.12(1840.9.7)
幕末の大名。弘前藩(青森県)第12代藩主,熊本藩主細川斉護の4男で,母は幕臣青野氏。江戸生まれ。安政4(1857)年弘前藩主津軽順承の養子となり,6年襲封。万延1(1860)年侍従。幕末の弘前藩にあって,西蝦夷地の経営と警備に当たり,また京都の守衛にも出兵。軍制改革にも着手し,新たに武器の製造にも乗り出した。明治維新の変革期には朝廷側について難局を乗り切り,東北戊辰戦争では秋田へ出兵し,箱館戦争においては兵站基地として維新政府に貢献した。明治3(1870)年承昭は帰田法を実施して領内の豪農,地主らが所有する土地を強制的に買い上げ,藩士達に分与して救済し帰農を図った。時勢をみるに敏な人物であった。版籍奉還(1869)により弘前藩知事,のち伯爵。東京で死去。<参考文献>『津軽承昭公伝』

(長谷川成一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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