浄土谷村(読み)じようどだにむら

日本歴史地名大系 「浄土谷村」の解説

浄土谷村
じようどだにむら

[現在地名]長岡京市浄土谷

小泉こいずみ川の上流柳谷やなぎだに川の奥地柳谷と、山あいの小盆地浄土谷の二集落よりなる。北は奥海印寺おくかいじ村の山地、東はかねはら村および天王てんのう山に連なる大山崎おおやまざき(現乙訓郡)の山地、南は摂津国島上しまかみ尺代しやくだい(現大阪府三島郡島本町)、西は同大沢おおさわ(同)。浄谷村(元禄一三年「山城国郷帳」など)ともいう。

村内の楊谷ようこく寺・乗願じようがん寺とも平安時代開創の伝承をもち、山城盆地の西南隅に位置して、浄土信仰と因縁浅からぬ土地であったろうことは容易に推測される。柳谷道・浄土谷道の分岐点付近には、弥勒谷十三仏とよばれる弥勒・大日釈迦などの一三の石仏が安置される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む