浄法寺城跡(読み)じようぼうじじようあと

日本歴史地名大系 「浄法寺城跡」の解説

浄法寺城跡
じようぼうじじようあと

[現在地名]亀岡市篠町浄法寺

浄法寺の南、平地へ突き出した小高い山(一九〇メートル)の山頂にあり、老(おい)ノ坂(さか)から旧京街道(山陰道)・保津(ほづ)川(大堰川)・亀岡盆地が一望できる重要な位置を占める。通称城山(じようやま)・ひょうたん山とよばれるが、寛政八年(一七九六)の丹東城塁記(永光家蔵)・天保一二年(一八四一)の「桑下漫録」には「渡辺の砦」と記されている。

昭和五四年(一九七九)発掘調査が行われた。中央の本丸を挟んで東の丸・西の丸の郭に分れる。西の丸は本丸に続く部分を除いて土塁に囲まれ、内部は長軸約三〇メートル、短軸約一八メートルの長円形で、二ヵ所の木戸口と烽火台跡らしいものがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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