浄照寺(読み)じようしようじ

日本歴史地名大系 「浄照寺」の解説

浄照寺
じようしようじ

[現在地名]田原本町茶町

松慶山と号し、浄土真宗本願寺派。本尊阿弥陀如来。初め円成えんじよう寺と称した。田原本御坊と称し、京都西本願寺大和五ヶ所御坊の一つ。かつての田原本町には教行きようぎよう寺があったが、慶安二年(一六四九)箸尾はしお(現奈良県広陵町)に移った。その後を受けて、同四年領主平野氏が本願寺一三世良如に寺地を寄進して建立された(祖門旧事記)


浄照寺
じようしようじ

[現在地名]豊田市若林西町 向屋敷

向島山と号し、真宗大谷派。本尊阿弥陀如来。もと天台宗で永仁四年(一二九六)創建と伝える。寺蔵の永正元年(一五〇四)銘の方便法身画像裏書には「野寺本証寺門徒 参州碧海郡重原庄若林 願主釈正宗」とあり、実如花押が押されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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