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実如 じつにょ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

実如 じつにょ

1458-1525 室町-戦国時代の僧。
長禄(ちょうろく)2年8月10日生まれ。蓮如(れんにょ)の5男。延徳元年浄土真宗本願寺9世となる。父の文書を編した「御文(おふみ)」を民衆布教の指針とし,一門一家の制をもうけて教団整備につとめた。大永(たいえい)5年2月2日死去。68歳。法名は光兼。著作に「往生明文鈔」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

実如

没年:大永5.2.2(1525.2.23)
生年:長禄2.8.10(1458.9.17)
戦国時代の真宗の僧。本願寺9世で,父蓮如が拡大した教線を,教団として組織化した人物。京都東山に生まれる。蓮如と蓮祐の子。諱は光兼,教恩院と号す。延徳1(1489)年より実質的な寺務に当たり,明応8(1499)年蓮如没後に継職。多数の免物を門徒に下付して,教団の組織化に努める。晩年,寺務を長男円如に譲って教団の制度化を推し進め,儀式や声明作法の統一,教学の確立などの宗教的側面,また三カ条の掟や新坊建立禁止令・一門一家制などの教団諸制度を定めた。朝廷に接近して勅願寺となり,自身は香衣などを勅許され,本願寺の社会的地位の向上に努めた。<参考文献>稲葉昌丸編『蓮如上人遺文』,井上鋭夫一向一揆の研究』

(草野顕之)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

じつにょ【実如】

1458‐1525(長禄2‐大永5)
本願寺9世。蓮如の第8子。諱(いみな)は光兼。北陸一向一揆を抑え諸大名との摩擦を避ける方針をとったが,細川政元が畠山氏との対立のため本願寺に再三出兵を求め,ついにこれに応じた。出兵を要請された河内摂津門徒はこれを拒否し,実如の弟実賢を宗主に推し,出兵に抗議した。1519年(永正16)本願寺一族を一門一家衆として統制し,父蓮如の教えを踏襲して教団の発展につくした。【内藤 範子】

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世界大百科事典内の実如の言及

【一向一揆】より

…その結果,本願寺は強力な宗教基盤を北陸に確立し(門徒領国),北陸に荘園を持つ中央の貴族,武家,寺社にとって無視できなくなり,中央における政治的地位が著しく高まった。
[第2期――16世紀前半(法主実如・証如)]
 蓮如の継嗣本願寺9世の実如は,幕府管領で畿内政権を掌握した細川政元を本願寺の外護者と見たて,これと結んで畿内の教線の拡張をはかった。1505年(永正2)永正の乱がおこると実如は,政元の要請にこたえて畠山義英の守る河内誉田(こんだ)城攻めの動員を指令した。…

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