浅瀬山城跡(読み)あさせやまじようあと

日本歴史地名大系 「浅瀬山城跡」の解説

浅瀬山城跡
あさせやまじようあと

[現在地名]上月町下秋里

佐用川の西岸にそびえる標高三五〇メートルの浅瀬山山頂にある中世の山城跡。広山ひろやま城ともよぶ。遺構は東西二ヵ所で構成され、東側の尾根の山頂に主郭がある。郭は尾根筋に沿って配され、要所腰郭を設け防御を厳重にする。尾根続きは堀切で遮断するが、西側の郭群の西面には土塁が設けられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 接点 地名 南北

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む