浅草森下町(読み)あさくさもりしたちよう

日本歴史地名大系 「浅草森下町」の解説

浅草森下町
あさくさもりしたちよう

[現在地名]台東区寿ことぶき一―二丁目

明治二年(一八六九)浅草あさくさ金龍寺きんりゆうじ門前浅草あさくさ桃林寺とうりんじ門前が合併して起立。同五年には寺地と南側の武家地を合併し町域を拡大した。町名の由来は浅草金龍寺門前・浅草桃林寺門前の東に隣接した近江宮川藩堀田氏屋敷内に森があり、同屋敷の周辺を森下と俗称していたことによる(文政町方書上)。臨済宗妙心寺派金龍寺は慶長一六年(一六一一)八丁堀はつちようぼり(現中央区)に創建され、寛永一二年(一六三五)同地が御用地として収公されたのに伴い浅草に代地を与えられて移転した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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