浅野重晟(読み)あさの しげあきら

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「浅野重晟」の解説

浅野重晟 あさの-しげあきら

1743-1814* 江戸時代中期-後期大名
寛保(かんぽう)3年10月17日生まれ。浅野宗恒(むねつね)の長男。宝暦13年父の跡をつぎ,安芸(あき)広島藩主浅野家7代となる。藩財政の立て直しのため,みずから倹約につとめる。社倉法による救荒策,絹・油などの国産振興策をすすめた。また頼春水(らい-しゅんすい)らをもちいて学問所をひらいた。文化10年閏(うるう)11月13日死去。71歳。

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367日誕生日大事典 「浅野重晟」の解説

浅野重晟 (あさのしげあきら)

生年月日:1743年10月17日
江戸時代中期;後期の大名
1813年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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