朝日日本歴史人物事典 「ツンベリー」の解説
ツンベリー
生年:1743.11.11
江戸中期に来日した植物学者。ツンベルグ,トゥーンベリとも。スウェーデン南部イェンチェーピンク生まれ。ウプサラ大で医学の博士号を受ける。植物学者リンネに認められフランスに留学。オランダで会った諸名士の勧めで喜望峰地帯と日本の植物研究を志す。1772年喜望峰に着き植物を採集。ジャワを経て安永4(1775)年8月14日長崎の出島に上陸,オランダ商館に入り,翌年商館長の江戸参府に随行。当時の西欧人は出島以外での行動が規制されていたため,参府の旅は日本の植物採集の絶好の機会となった。『解体新書』出版直後のころでもあり,江戸では桂川甫周,中川淳庵 が毎日のように宿舎・長崎屋を訪れ,ツンベリーと知識交流をはかった。 16カ月の滞日中に可能な限りの植物標本を集め,帰国後に『日本植物誌』(1784)を著す。同書は種子植物735種,隠花植物33種を記し,日本の植物の学名の最も多くを彼が命名している。また風俗習慣を詳しく記した『日本紀行』からは,彼の温かい心を知ることができる。安永5年11月離日,喜望峰,英国を経て帰国した。リンネ父子のあとを継いでウプサラ大教授となり,名声は師のリンネをしのいだ。<著作>『喜望峰植物誌』<参考文献>山田珠樹訳『ツンベルグ日本紀行』,木村陽二郎『日本自然誌の成立』
(木村陽二郎)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報