浦戸町(読み)うらどまち

日本歴史地名大系 「浦戸町」の解説

浦戸町
うらどまち

[現在地名]高知市みなみはりまや町一―二丁目・はりまや町一丁目

しも町中央に東西に延びる縦堀の南側にあり、西はさかい町・八百屋やおや町、東は横堀。町は東西筋二本にわたるが、そのうちの北側縦堀沿いの町並は片側町で、江戸時代中期の「高知風土記」は「片町」と記し、東西二一四間、南北四五間二尺、家数六七とする。また、その南側の筋を浦戸町とし、東西一七八間、南北七一間、家数九三と記す。しかし「片町」も浦戸町であることは、正保年間(一六四四―四八)の高知城絵図にみえている。山内氏の城下町づくりの際、吾川あがわ郡浦戸より住民を移住させたので浦戸町と名付けられた。おもに浦戸の水主たちを居住させて一六代ずつの屋敷地を与え、藩御用船の乗組員とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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