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長岡謙吉 ながおか けんきち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

長岡謙吉 ながおか-けんきち

1834-1872 幕末-明治時代の医師,官僚。
天保(てんぽう)5年生まれ。土佐高知で開業後,シーボルトらに学ぶ。海援隊の書記となり,坂本竜馬(りょうま)が後藤象二郎にあたえた「船中八策」を起草。三河県知事。明治5年6月11日死去。39歳。本姓は今井。名は恂(じゅん),敦美。字(あざな)は子行。通称は別に純正。号は懐山。著作に「閑愁(かんしゅう)録」。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

長岡謙吉

没年:明治5.6.11(1872.7.16)
生年:天保5(1834)
幕末の土佐(高知)藩士,維新政府官僚。土佐国高知城下浦戸町の医家に生まれた。はじめ今井純正と称した。河田小竜に学び,大坂,江戸で医学を修業して医業を開く。安政6(1859)年長崎でシーボルトに学んだが,キリシタンの嫌疑を受け帰国させられ,城下の東に追放された。赦免後,再び長崎に出て坂本竜馬の海援隊に加入,通信事務を一手に引き受けた。慶応3(1867)年6月,坂本が発案した「船中八策」を成文化した。同年,長崎キリシタン問題を論じた『閑愁録』を出版。戊辰戦争では,瀬戸内一帯の海運を抑え,海援隊再編の隊長になった。まもなく三河県知事に任じ,大蔵省,工部省の吏員を歴任したが,39歳で東京に病没した。

(福地惇)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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