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海北若冲 かいほう じゃくちゅう

美術人名辞典の解説

海北若冲

江戸中期の国学者大坂生。本姓は野田、名は千之、別号に岑柏、通称は垂水屋善右衛門。若くして契沖に入門し、今井似関、兄野田忠粛と共にその高弟として知られた。著書に『和訓類林』『万葉集師説』家集『岑柏集』がある。宝暦元年(1751)歿、77才。

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デジタル大辞泉の解説

かいほう‐じゃくちゅう【海北若冲】

[1675~1752]江戸中期の国学者。大坂の人。名は千之。契沖の高弟で、師の学問を継承した。著「和訓類林」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

海北若冲 かいほく-じゃくちゅう

1675-1752* 江戸時代中期の国学者。
延宝3年生まれ。摂津今津村(兵庫県)の人。契沖(けいちゅう)にまなび,今井似閑(じかん),兄の野田忠粛(ただのり)とともに高弟として知られた。師の説を整理・編集し,「万葉集師説」「万葉集師説類林」を刊行。宝暦元年12月17日死去。77歳。本姓は野田。名は千之。通称は善右衛門。別号に岑柏(しんぱく)。家集に「岑柏集」。

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朝日日本歴史人物事典の解説

海北若冲

没年:宝暦1.12.17(1752.2.1)
生年:延宝3(1675)
江戸中期の国学者。名千之。通称垂水屋善右衛門。若冲,岑柏と号した。大坂の人。16,7歳のとき契沖に入門し,忠実かつ優秀な弟子として万葉集研究に従事する。著書『万葉集師説』『万葉集類林』など,みな師契沖の説を整理分類して編集するもので,自説の付加はあくまで従であった。そこに若冲の学者としての見識を認めることができる。家集『岑柏家集』がある。<参考文献>熊谷武至「海北若冲文献傍註」(『続々歌集解題余談』1),信多純一「冥契」(『契沖全集』16巻月報)

(久保田啓一)

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大辞林 第三版の解説

かいほうじゃくちゅう【海北若冲】

1675~1751) 〔姓は「かいほく」とも〕 江戸中期の国学者。号、岑柏。大坂の人。契沖に学び、古訓の研究に力を尽くす。著「万葉集類林」「万葉集作者履歴」など。

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世界大百科事典内の海北若冲の言及

【辞書】より

… イロハ引きの国語辞書には,和歌連歌のために松永貞徳の《歌林樸樕(かりんぼくそく)》その他が現れ,また国学などで上古・中古の研究がさかんになるにつれ,古語を集めた辞書が作られるようになった。海北若冲(かいほくじやくちゆう)の《和訓類林》(1705(宝永2)成立),五井純禎の《源語梯(てい)》(1784∥天明4),石川雅望(まさもち)の《雅言集覧》(1826(文政9)以後の刊行)などがある。《雅言集覧》は用例集に近いもので,語釈は少ない。…

※「海北若冲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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