コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

淀屋 ヨドヤ

2件 の用語解説(淀屋の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

よどや【淀屋】

江戸前期の大坂の豪商。材木商を営み、中之島を開拓。諸藩の蔵元をつとめて財をなした。5代目辰五郎の時、驕奢(きょうしゃ)のかどにより闕所(けっしょ)所払いに処された。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版の解説

よどや【淀屋】

江戸前期から中期の大坂の豪商。材木商から始まり、諸藩の蔵元をつとめ巨富を積み、大坂総年寄を兼ねたが、五代辰五郎(三郎右衛門)に至り、1705年、闕所けつしよ処分をうけて断絶した。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の淀屋の言及

【商品取引所】より

…蔵屋敷の管理者である蔵元は各藩の武士がつとめていたが,しだいにその役を商人に任せるようになり,掛屋(町人蔵元)が生まれた。その最大のものが淀屋である。米商人たちが米を仕入れる際,手付金として掛屋に米の総代金の1/3を支払うと,掛屋は蔵前手形という一種の倉荷証券を発行した。…

【堂島米市場】より

…大坂は江戸初期から蔵屋敷蔵元が存在し,蔵米を中心とした全国的な米の集散地であった。初期の米市場については不明だが,万治・寛文(1658‐73)ごろには,淀屋橋南詰にあった当時の有力な町人蔵元である淀屋の門前に米商人たちが集まり,米売買が行われたという。いわゆる淀屋米市がこれであるが,1697年(元禄10)にいたって,堂島新地の開発にともない,米市場もこの地に移転した。…

【淀屋个庵】より

…姓は岡本氏,名は三郎右衛門言当。淀屋の始祖で中之島の開拓で知られる与三郎常安の長子で,个庵もまた1622年(元和8)鳥羽屋彦七と連名で津村の葭島の新地開発を出願し,塩干魚・干鰯(ほしか)(魚肥)商の集居する靱(うつぼ)3町(新靱,新天満,海部堀川町)の発展の素地をつくった。また大坂の総年寄として31年(寛永8)従来,堺,京都,長崎に限定されていた糸割符(中国産生糸の輸入商グループ)の特権を大坂町人のために奔走して実現させた。…

※「淀屋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

淀屋の関連キーワード井口如貞槐本諷竹材木座天王寺屋加島屋河村瑞軒豪商蓑庵淀屋常安

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

淀屋の関連情報