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淀屋辰五郎 よどやたつごろう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

淀屋辰五郎
よどやたつごろう

江戸時代初期の大坂の代表的豪商。正しくは淀屋五代目三郎右衛門糸割符 (いとわっぷ) 権,蔵米販売権その他の特権をもっており,その店頭には米市が立った。豪奢な生活をし,ガラス天井をつくって金魚を放ち涼を楽しんだという。

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デジタル大辞泉の解説

よどや‐たつごろう〔‐たつゴラウ〕【淀屋辰五郎】

江戸中期の大坂の豪商。宝永2年(1705)町人の分限を越えたぜいたくのため、所払いの刑を受けたという。浄瑠璃歌舞伎などに脚色されている。生没年未詳。

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百科事典マイペディアの解説

淀屋辰五郎【よどやたつごろう】

元禄期大坂の豪商。本名三郎右衛門。生没年不詳。材木商を営み中之島を開拓して蔵米の販売を行った淀屋の5代目。1705年驕奢を理由に闕所(けっしょ)(全財産没収)所払に処せられた。
→関連項目豪商

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

淀屋辰五郎 よどや-たつごろう

?-1718* 江戸時代前期-中期の豪商。
大坂の淀屋5代目。宝永2年分にすぎた生活をとがめられ全財産没収,所払いの闕所(けっしょ)処分となる。近松門左衛門(もんざえもん)「淀鯉出世滝徳(よどごいしゅっせのたきのぼり)」などの題材となった。享保(きょうほう)2年12月21日死去。姓は岡本。名は広当。通称は三郎右衛門。

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朝日日本歴史人物事典の解説

淀屋辰五郎

没年:享保2(1717)
生年:生年不詳
江戸前期大坂の豪商,淀屋の淀屋橋家最後の当主。姓は岡本,名は三郎右衛門広当,号は个庵,辰五郎は通称。家祖常安から父の重当の代までに蓄積された巨富と金融業を,広当は10歳代前半の少年期に相続したが,宝永2(1705)年幕府の命により,闕所すなわち財産没収の上,大坂,京,堺,伏見,淀から追放となった。闕所の理由を岡本家系譜も,当時の町人たちも広当の驕奢とし,浄瑠璃(「淀鯉出世滝徳」)や浮世草子(「日本新永代蔵」)に採りあげられ有名になった。しかし真相は,手代など5人が獄門(斬首のうえ,その首をさらす刑)に,広当はその付加刑としての闕所に処せられているので,手代などに謀書,謀判のような幕府が死罪をもって取り締まりの対象とした行為があったためである。広当は山城国八幡に移住し,12年後にここで没した。その間,正徳5(1715)年には徳川家康百年忌恩赦を受けたと伝える。<参考文献>横山三郎「淀屋史料の現段階」(『船場』3~5号),脇田修『近世大坂の町と人』

(森泰博)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

よどやたつごろう【淀屋辰五郎】

江戸前期の大坂の豪商と伝えられる人物。生没年不詳。蓄積した巨富と豪奢な生活と,分を過ぎたおごりを理由とする1705年(宝永2)の闕所(けつしよ)処分で有名である。淀屋辰五郎の追放事件は,時を移さず浮世草子《棠大門屋敷(からなしだいもんやしき)》(錦文流作,1705)に採りあげられたのをはじめ,同じく浮世草子《風流曲三味線》(江島其磧作,1706),浄瑠璃《淀鯉出世滝徳(よどごいしゆつせのたきのぼり)》(近松門左衛門作,1708上演か),浮世草子《日本新永代蔵》(北条団水作,1713)などに題材を提供することとなった。

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大辞林 第三版の解説

よどやたつごろう【淀屋辰五郎】

元禄(1688~1704)頃の大坂の豪商。幕府の奢侈禁止政策にふれ、1705年闕所けつしよ処分をうけた。浄瑠璃「淀鯉出世滝徳よどごいしゆつせのたきのぼり」、歌舞伎「傾城楊柳桜けいせいやなぎさくら」などに脚色される。生没年未詳。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

淀屋辰五郎
よどやたつごろう

生没年不詳。江戸初期の大坂の豪商。本姓は岡本氏。淀屋の初代を常安(じょうあん)(1622没)といい、豊臣(とよとみ)秀吉のころ材木業を営み、大坂の中之島を開発し、大坂の総年寄役を勤めた。その子孫は分立していずれも有力な大坂町人として活躍し、1634年(寛永11)には由緒ある町人として将軍徳川家光(いえみつ)に謁見したりしたが、1705年(宝永2)町人の分に過ぎた奢侈(しゃし)な生活をとがめられて全財産没収の処分を受けた。しかし、岡本氏の系図中には辰五郎を称する人物はいない。辰五郎は、淀屋一家の企業を代表する家号であったと思われる。2代目を継いだ常安の次男言当(个庵(こあん)、1643没)も事業の才に富み、諸大名の蔵米(くらまい)を引き受けて販売し、その店の前の米市は淀屋米市とよばれ、堂島米市の前身となった。また靭(うつぼ)の地を開拓し、ここに雑喉場(ざこば)魚市を開き、1632年(寛永9)には大坂に糸割賦(いとわっぷ)の配分権を獲得するなど、大坂の経済的発展に功績があった。3代は言当の養子箇斎(こさい)(1648没)、4代は箇斎の子重当(1697没)、5代は重当の子三郎右衛門(さぶろううえもん)で、処罰された辰五郎はこの三郎右衛門にあたる。近松門左衛門(もんざえもん)は、この淀屋処罰事件を題材として『淀鯉出世滝徳(よどごいしゅっせのたきのぼり)』を書いた。[村井益男]

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