淵用水(読み)ますぶちようすい

日本歴史地名大系 「淵用水」の解説

淵用水
ますぶちようすい

宮島みやじまの鱒淵で付知川を堰止め取水し、山間峡谷、断崖絶壁難所を九キロにわたって引水する。これにより付知村内で新田五五町余が開かれた。付知川は低地を流れるため用水に恵まれず、用水を引き水田を開くことは村民の長年の夢であった。しかしかつて曾利目の政右衛門がこれを試み失敗しており、再度の計画は躊躇されていた。庄屋田口忠左衛門慶良の子慶郷は、年二九歳でまだ部屋住の身であったが、測量を何度も行い、土質を調べ綿密な計画をたて、文政一〇年(一八二七)用水開削の計画を実行に移した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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