清山村(読み)せいやまむら

日本歴史地名大系 「清山村」の解説

清山村
せいやまむら

[現在地名]岸本町清原(きよはら)

久古(くご)村の南、大山西麓の台地上に位置し、南側を日野川支流の清山川が深い谷をつくりながら西流する。北東にある高平(たかひら)山(一五九メートル)には三基からなる清山古墳群や別所小三郎の居城と伝える高平城跡がある。また同山の山頂には姨捨の伝承が残る六十落しとよぶ穴がある。日野郡に属し、拝領高一〇一石余、本免五ツ四歩。藪役銀一二匁が課せられていた(藩史)。幕末の六郡郷村生高竈付では生高一六七石余、竈数一六。「伯耆志」では家数一七・人数七五、林五町五反余。文政一一年(一八二八)から天保八年(一八三七)にかけて、地内大石平(おおいしひら)の草刈場をめぐって吉定(よしさだ)村・別所(べつしよ)村などと争論が生じている(岸本町誌)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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