清部村(読み)きよべむら

日本歴史地名大系 「清部村」の解説

清部村
きよべむら

[現在地名]松前郡松前町字清部・字小浜(こはま)・字高野(たかの)

近世から大正四年(一九一五)まで存続した村。近世は西在城下付の一村で、茂草(もぐさ)村の北方にあり、西は海。地名の由来は「地名考并里程記」に「夷語キイウンベなり。則、茅芳等の有る所と訳す。扨、キイとは茅の事。ウンとは有る。ペとは所と申意にて」と記される。シャクシャインの戦に関連して「津軽一統志」に「きよべ 家七拾軒」とあり、当時は江良町(えらまち)村とともに大きな集落であった。元禄郷帳に「幾よべ村」、享保十二年所附に「清部村 此所浜迄もつうち迄合三十六丁一里」と記される。清辺(えみしのさえき)などと表記されることもあった。天保郷帳は清部村とする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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