済仁入道親王(読み)さいにんにゅうどうしんのう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「済仁入道親王」の解説

済仁入道親王 さいにんにゅうどうしんのう

1797-1848* 江戸時代後期,霊元天皇の孫。
寛政9年3月7日生まれ。織仁(おりひと)親王の第11王子。享和元年真言宗勧修寺にはいり,文化4年仁和(にんな)寺にうつる。光格天皇養子となり,6年親王宣下をうけたのち得度。仁和寺内に四国八十八ヵ所霊場をつくった。弘化(こうか)4年12月24日死去。51歳。俗名修道(ながみち)。通称は不壊身院御室。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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