渋江紫陽(読み)しぶえ しよう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「渋江紫陽」の解説

渋江紫陽 しぶえ-しよう

1719-1792 江戸時代中期の儒者,書家
享保(きょうほう)4年生まれ。肥後(熊本県)菊池郡の天地元水神社の神職をつぐ。加々美鶴灘(かがみ-かくだん)に儒学と書をまなぶ。私塾集玄亭をひらき子弟を教育した。寛政4年7月12日死去。74歳。名は公豊。字(あざな)は士錫。通称は貞之丞。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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