渡辺良夫(読み)ワタナベ ヨシオ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「渡辺良夫」の解説

渡辺 良夫
ワタナベ ヨシオ


肩書
厚相,衆院議員(自民党)

生年月日
明治38年10月29日

出生地
長野市

出身地
新潟県

学歴
大阪商科大学高商部〔昭和6年〕卒

経歴
国民新聞記者となり、情報局、外務省情報部各嘱託、児玉秀雄国務相秘書官、吉田茂首相秘書官を委嘱される。昭和22年以来新潟県から衆院議員当選8回。24年第3次吉田内閣の建設政務次官、34年第2次岸内閣の厚相となった。自民党副幹事長、総務、政調副会長などを務めた。

没年月日
昭和39年11月4日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

20世紀日本人名事典 「渡辺良夫」の解説

渡辺 良夫
ワタナベ ヨシオ

昭和期の政治家 厚相;衆院議員(自民党)。



生年
明治38(1905)年10月29日

没年
昭和39(1964)年11月4日

出生地
長野市

出身地
新潟県

学歴〔年〕
大阪商科大学高商部〔昭和6年〕卒

経歴
国民新聞記者となり、情報局、外務省情報部各嘱託、児玉秀雄国務相秘書官、吉田茂首相秘書官を委嘱される。昭和22年以来新潟県から衆院議員当選8回。24年第3次吉田内閣の建設政務次官、34年第2次岸内閣の厚相となった。自民党副幹事長、総務、政調副会長などを務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「渡辺良夫」の解説

渡辺良夫(2) わたなべ-よしお

1926- 昭和後期-平成時代の弁護士
大正15年3月28日生まれ。昭和32年開業。朝日訴訟,堀木訴訟など社会保障関係の裁判弁護にあたる。長沼ナイキ訴訟(自衛隊違憲訴訟)でも活躍。59年全国医療問題弁護団代表として患者権利宣言発表。エイズ訴訟弁護団団長をつとめる。宮城県出身。東北大卒。

渡辺良夫(1) わたなべ-よしお

1905-1964 昭和時代の政治家。
明治38年10月29日生まれ。「国民新聞」記者,吉田茂首相の秘書官などをへて,昭和22年衆議院議員(当選9回,自民党)。第2次岸内閣の厚相などをつとめた。昭和39年11月4日死去。59歳。新潟県出身。大阪商大(現大阪市立大)卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「渡辺良夫」の解説

渡辺 良夫 (わたなべ よしお)

生年月日:1905年10月29日
昭和時代の政治家。厚相;衆院議員
1964年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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