渡辺 譲
ワタナベ ユズル
明治〜昭和期の土木建築工学者
- 生年
- 安政2年10月17日(1855年)
- 没年
- 昭和5(1930)年9月7日
- 出生地
- 江戸・四谷北伊賀町
- 別名
- 幼名=寿太郎,雅号=松潤,四渓
- 学歴〔年〕
- 工部大学校〔明治13年〕
- 学位〔年〕
- 工学博士〔明治32年〕
- 経歴
- 幕臣・渡辺升の長男として江戸に生まれる。工部省、内務省、建築局に務め、明治19年建築学研究のためドイツに留学。帰途、欧州を巡視して、21年帰国、建築局工事部長となる。23年官を辞し、清水組に入り、24年帝国ホテルを設計(同ホテルは大正12年ライトが再建)。27年海軍技師に転じ、舞鶴鎮守府建設などに携わる。33年欧米各国に出張、34年帰国し、海軍初の鉄骨構造の工場を完成させた。のち海軍経理学校建築学教授などを務めた。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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渡辺譲 わたなべ-ゆずる
1855-1930 明治-昭和時代前期の建築家。
安政2年10月17日生まれ。工部省,内務省につとめ,ドイツに留学。明治23年官を辞し,翌年帝国ホテルを設計(同ホテルは大正12年ライトによって建て直された)。27年海軍技師に転じ,舞鶴(まいづる)鎮守府建設などにたずさわる。昭和5年9月7日死去。76歳。江戸出身。工部大学校(現東大)卒。幼名は寿太郎。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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世界大百科事典(旧版)内の渡辺譲の言及
【帝国ホテル】より
…何回かの新増改築を経たが,とくに1923年の[F.L.ライト]設計による荘重な建物,また欧米で高級ホテルの経営を学んだ犬丸徹三(1887‐1981)の活躍などにより,その名声は世界的なものとなった。【岡本 伸之】
[建築]
1890年竣工の最初の建物は渡辺譲の設計で,木骨煉瓦造三階建て,客室60,工費23万円の破格な豪華ホテルであった(1922焼失)。その後,明治末以来の外国客激増に伴って新館の建設が計画され,設計をアメリカの著名建築家ライトに委嘱した。…
※「渡辺譲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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