温海川村(読み)あつみがわむら

日本歴史地名大系 「温海川村」の解説

温海川村
あつみがわむら

[現在地名]温海町温海川

温海川の上流に位置。小国おぐに街道の道筋にあたり、丘陵で隔てられて南は一本木いつぽんぎ峠を越えて木野俣きのまた村、北は楠木くすのき峠を越えて菅野代すがのだい村、西の温海川下流は一霞ひとかすみ村。天正一八年(一五九〇)以降と考えられる一〇月晦日の豊臣秀吉朱印状(津軽文書)に上杉景勝分領として「あつミ川」とみえる。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録では高二八六石余。寛永三年庄内高辻帳では高一八八石余。正保郷帳では田方のみ。寛保二年(一七四二)一霞村の一八人が連名で提出した口上書をはじめとして、文政二年(一八一九)まで一霞村と畑作、塩木・柴木伐採、桑・山菜採取などとからんで、数度にわたる地境争いがあった(温海町史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む