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湯山弥五右衛門 ゆやま やごえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

湯山弥五右衛門 ゆやま-やごえもん

1650-1718* 江戸時代中期の治水家。
慶安3年生まれ。相模(さがみ)(神奈川県)足柄上郡川村山北の名主。元禄(げんろく)16年の大地震や宝永4年の富士山噴火で荒廃した村のため,6年幕府勘定奉行中山時春に皆瀬川の流路変更をねがいでた。同年工事は伊勢(いせ)津藩の御手伝普請として着工され,村の復興がなった。享保(きょうほう)2年11月30日死去。68歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

湯山弥五右衛門

没年:享保2.11.30(1718.1.1)
生年:慶安3(1650)
江戸中期,相模国足柄上郡川村山北(神奈川県山北町)名主。代々名主を務める湯山家に生まれる。父は理右衛門。元禄16(1703)年の相模国大地震,宝永4(1707)年富士山噴火による砂降りのため,村内の用水破壊による洪水で田畑が荒れ住民の居住が不可能になった。弥五右衛門は宝永6年5月,幕府勘定奉行中山時春に河川敷の新田化,皆瀬川流路変更を訴えたが多大な費用を必要とするため不許可となる。しかし,再度,妻子の連座覚悟で幕府へ訴えた結果,同年11月許可,伊勢国津藩(三重県)藤堂氏による御手伝普請が行われ,酒匂川本流に通じる堀割工事を完成。これにより村は復興した。

(神崎彰利)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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