湯島横町(読み)ゆしまよこちよう

日本歴史地名大系 「湯島横町」の解説

湯島横町
ゆしまよこちよう

[現在地名]千代田区外神田そとかんだ二丁目

湯島聖堂の東側、神田川に南面する片側町。北は神田明神下御台所かんだみようじんしたおだいどころ町、湯島一丁目(現文京区)、東は北から神田旅籠かんだはたご町一丁目・同二丁目、湯島聖堂御掃除ゆしませいどうおそうじ屋敷代地・神田明神表門前かんだみようじんおもてもんぜん町代地・湯島一丁目代地。明暦三年(一六五七)の振袖火事以前は長福ちようふく寺などがあったが、火災後の土地整理で寺は翌万治元年(一六五八)浅草新寺あさくさしんてら(現台東区)に移転し、地面は同寺持となった。同寺の願出により万治元年頃町屋が形成され、元禄一二年(一六九九)地主の駿平に売却された。町名は湯島一丁目横町と称したことによる。町内間数東西が南方河岸通り京間七七間余(ただしほかに道幅田舎間一〇間)、北は間数不同、南北は東方昌平橋しようへいばし通京間五八間余(ただし道幅田舎間一七間余)、西方間数不同。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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