湯瀬村
ゆぜむら
[現在地名]鹿角市八幡平 湯瀬
米代川上流域、五ノ宮嶽南麓に位置し、西北は小豆沢村。寛政(一七八九―一八〇一)頃の「邦内郷村志」に村名が出る。
近世初期の「鹿角郡由来記」に「湯瀬村 湯瀬中務領知 本名成田 後ニ湯瀬刑部領ス 本名安部也 一戸より来り 館有」とあり、中世後期には開村していた。集落北側台地上に中世の館跡があり、連郭状平坦面・空堀・館神などを残すほか、縄文晩期の土器片や土師器片、宋銭など古代・中世の遺物を出土する。
寛政年間の村高は八一石六斗余でうち蔵分は七五石一斗余、民戸三七軒で居熊井・石通・才田・大岩平に各一―四軒(邦内郷村志)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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