湯瀬村(読み)ゆぜむら

日本歴史地名大系 「湯瀬村」の解説

湯瀬村
ゆぜむら

[現在地名]鹿角市八幡平はちまんたい 湯瀬

米代川上流域、みや嶽南麓に位置し、西北小豆沢あずきざわ村。寛政(一七八九―一八〇一)頃の「邦内郷村志」に村名が出る。

近世初期の「鹿角郡由来記」に「湯瀬村 湯瀬中務領知 本名成田 後ニ湯瀬刑部領ス 本名安部也 一戸より来り 館有」とあり、中世後期には開村していた。集落北側台地上に中世の館跡があり、連郭状平坦面・空堀・館神などを残すほか、縄文晩期の土器片や土師器片、宋銭など古代・中世の遺物を出土する。

寛政年間の村高は八一石六斗余でうち蔵分は七五石一斗余、民戸三七軒で居熊井いくまい石通いしとす才田さいだ大岩平おいわだいに各一―四軒(邦内郷村志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む