湯野浦(読み)ゆのうら

日本歴史地名大系 「湯野浦」の解説

湯野浦
ゆのうら

[現在地名]勝本町 布気触・上場触

布気ふけ村の内にある浦。湯ノ浦は湯本ゆのもと浦の枝浦であるという(伊能忠敬測量日記)。「高麗日記」天正二〇年(一五九二)四月二日条に「本陣湯のうら」とみえ、朝鮮半島への出兵のため鍋島直茂の一行が渡海して当地に本陣を置き、郷ノ浦にまわった供衆のうち田尻又三郎が直茂のもとに祗候、翌日田尻鑑種が当浦に着津し、七日直茂らは対馬に向かっている。明暦二年(一六五六)の田方帳抜書では立石たていし村として湯之浦免と記される。平戸藩浦掛の支配ではないが、在村の支配とは別に扱われる場合がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む