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滑甚兵衛 なめら じんべえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

滑甚兵衛 なめら-じんべえ

?-1750 江戸時代中期の一揆(いっき)指導者。
播磨(はりま)(兵庫県)古知之庄村滑の農民。寛延2年姫路藩主松平明矩(あきのり)の圧政や庄屋(しょうや)の不正などを糾弾(きゅうだん)し,凶作による年貢の減免・延納などを要求する農民300人を指導,庄屋宅などをうちこわした。寛延3年9月23日磔(はりつけ)の刑となった。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

滑甚兵衛

没年:寛延3.9.23(1750.10.22)
生年:生年不詳
江戸中期の播磨国(兵庫県)姫路藩寛延大一揆の指導者。飾西郡古知之庄(夢前町)の人。住居地の小字により滑甚兵衛と呼ばれた。一揆のとき,40~42歳で持高11石余。寛延2(1749)年姫路藩松平氏の治政下,凶作による年貢の延納要求や大庄屋,庄屋の不正糾弾のため農民が蜂起。単発的な強訴や打ちこわしののち,1月28日飾西郡前之庄組大庄屋打ちこわしを幕開けとして,藩内の平野部,海岸部に波及し,2月3日まで打ちこわしが展開した。甚兵衛は発端となった打ちこわしを巧みに組織し,一揆後,甚兵衛宅を「なめら会所」として地域自治が成立。首謀者として磔刑に処せられ,のち義民として祭られた。<参考文献>『姫路市史』3巻本編近世1

(三宅紹宣)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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