日本歴史地名大系 「瀬嵐村」の解説
瀬嵐村
せあらしむら
[現在地名]中島町瀬嵐
通称「せらし」ともいう。東は七尾西湾を隔てて能登島(現能登島町)を望み、南東は
初め加賀藩領。当地の百姓助(現高沢家)は前田利家から扶持米七石五斗を受け十村を勤めたと伝える。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
通称「せらし」ともいう。東は七尾西湾を隔てて能登島(現能登島町)を望み、南東は
初め加賀藩領。当地の百姓助(現高沢家)は前田利家から扶持米七石五斗を受け十村を勤めたと伝える。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...