20世紀日本人名事典 「瀬沼恪三郎」の解説
瀬沼 恪三郎
セヌマ カクサブロウ
- 生年
- 慶応4年6月27日(1868年)
- 没年
- 昭和20(1945)年8月
- 出生地
- 武蔵国八王子(東京都八王子市)
- 旧姓(旧名)
- 河本
- 別名
- 洗礼名=イオアン
- 学歴〔年〕
- 正教神学校卒
- 経歴
- ロシア正教のニコライ司祭の説教に感動して親元を出奔、駿河台の正教神学校に入学。明治23年神学の研究を究めるため樋口艶之助らとロシアに渡り、キエフ神学大学に入学。帰国後、神学校教授、のち同校長となり、後進の指導にあたる。トルストイと親交があり、尾崎紅葉と「アンナ・カレーニナ」を日本で初めて訳出紹介した。雑誌「心海」や機関誌「正教新報」などに多数の論文を発表。著書に「軍用日露会話」「露文日本俗語文典」「大主教ニコライ記念文集」「正教家庭読本」などがある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報