灌頂寺枠(読み)かんちようじわく

日本歴史地名大系 「灌頂寺枠」の解説

灌頂寺枠
かんちようじわく

[現在地名]三国町新保

三国湊河口港であったため、砂の堆積で港口が浅くなり、船の出入りに難渋することが多かった。その対策として造られた堰堤。成立は江戸時代初期と推定されるが(久末家文書)正確な時期は不明。

堰堤は新保しんぼ地籍灌頂寺より九頭竜くずりゆう川中へ一〇〇間にわたって築かれ、これに突当った水が流路を変え、三国湊に沿って海中に流出し河口に堆積する土砂を押出すことをねらいとした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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