火の山城跡(読み)ひのやまじようあと

日本歴史地名大系 「火の山城跡」の解説

火の山城跡
ひのやまじようあと

火の山に築かれていた、大内氏の家臣和気氏ほかの居城関門かんもん海峡眼下にながめ、西はひびき灘、東南は瀬戸内海を俯瞰できる。

「後太平記」には、文明元年(一四六九)応仁の乱のさなか、大内政弘は山名方に荷担していたが、叔父大内教幸は細川方と通じて火の山城に兵を挙げ、陶弘護に攻められて敗退したと記す。

「豊府志略」は「火山古城跡は前田御茶店より西なる大山を云、府内より一里あり、大内の侍和気氏居城すと云り。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 関門 勇士 要塞

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む