改訂新版 世界大百科事典 「為登糸」の意味・わかりやすい解説
為登糸 (のぼせいと)
江戸時代に諸地方から京都へ送られた生糸。古代,中世にも生糸は生産されていたが,中世末には製糸業が衰え,中国産の生糸(白糸)が多量に輸入されるようになった。中国糸は精巧で高級な絹布の原料として珍重された。白糸は糸割符(いとわつぷ)商人の手により京都西陣へ送られ製織されたが,この糸は為登糸とは言わなかった。17世紀中葉,日本各地で国産生糸が多く生産され,京都に送られるようになり,これを為登糸という。京都の和糸問屋(糸問屋)は1689年(元禄2)ごろ9軒,1731年(享保16)22軒,35年34軒と増加した。しかし80年(安永9)30軒,1813年(文化10)ごろ18軒と減少した。これは各地の和糸が新しい絹織物産地へ売られるようになったためと考えられ,西陣の織屋は生糸の入荷減少,糸価騰貴に苦しめられた。京都への和糸の為登高でわかっているのは,1716年の約13万斤という数字である。
執筆者:安岡 重明
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報