片山 潜(読み)カタヤマ セン

20世紀日本人名事典の解説

片山 潜
カタヤマ セン

明治〜昭和期の社会運動家,国際共産主義運動指導者



生年
安政6年12月3日(1859年)

没年
昭和8(1933)年11月5日

出生地
美作国粂郡羽出木村(現・岡山県久米町)

別名
幼名=藪木 管太郎(ヤブキ スガタロウ),号=深甫

学歴〔年〕
岡山師範中退,グリンネル大学,エール大学

経歴
庄屋の次男に生まれる。岡山師範中退後上京、印刷工の傍ら勉学に励み、明治14年渡米、グリンネル大学、エール大学で学ぶ。留学中キリスト教に入信。29年帰国後、日本の労働運動、社会主義運動、生協活動の先駆者となり、31年安部磯雄、幸徳秋水らと社会主義研究会を設立、34年には社会民主党を結成。37年アムステルダムの第二インター第6回大会に日本代表として出席、ロシア代表のプレハーノフとの不戦を誓う握手は有名。その後、東京市電スト指導で検挙され、出獄後大正3年渡米、以後国外にあった。ロシア革命後の10年ソ連入りし、11年コミンテルン幹部会員に選ばれ、日本共産党の結成とその後の活動を指導。’27年テーゼ、’32年テーゼの作成に参画。死後クレムリンの赤壁に葬られる。著書に「日本の労働運動」「わが回想」「片山潜著作集」などがある。平成2年岡山県久米南町に記念館が建てられた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新訂 政治家人名事典 明治~昭和の解説

片山 潜
カタヤマ セン


別名
幼名=藪木 管太郎(ヤブキ スガタロウ) 号=深甫

生年月日
安政6年12月3日(1859年)

出生地
美作国粂郡羽出木村(現・岡山県久米町)

学歴
岡山師範中退 グリンネル大学 エール大学

経歴
庄屋の次男に生まれる。岡山師範中退後上京、印刷工の傍ら勉学に励み、明治14年渡米、グリンネル大学、エール大学で学ぶ。留学中キリスト教に入信。29年帰国後、日本の労働運動、社会主義運動、生協活動の先駆者となり、31年安部磯雄、幸徳秋水らと社会主義研究会を設立、34年には社会民主党を結成。37年アムステルダムの第二インター第6回大会に日本代表として出席、ロシア代表のプレハーノフとの不戦を誓う握手は有名。その後、東京市電スト指導で検挙され、出獄後大正3年渡米、以後国外にあった。ロシア革命後の10年ソ連入りし、11年コミンテルン幹部会員に選ばれ、日本共産党の結成とその後の活動を指導。’27年テーゼ、’32年テーゼの作成に参画。死後クレムリンの赤壁に葬られる。著書に「日本の労働運動」「わが回想」「片山潜著作集」などがある。平成2年岡山県久米南町に記念館が建てられた。

没年月日
昭和8年11月5日

家族
娘=片山 やす(ソ日友好協会副会長)

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

367日誕生日大事典の解説

片山 潜 (かたやま せん)

生年月日:1859年12月3日
明治時代-昭和時代の社会主義者;社会運動家。万国社会党大会日本代表
1933年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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