牧田宿(読み)まきだしゆく

日本歴史地名大系 「牧田宿」の解説

牧田宿
まきだしゆく

[現在地名]上石津町牧田

南宮(なんぐう)山の南西麓に細長く集落を形成し、現在も旧道に沿う家並に宿としてのかつての面影を残している。牧田宿は伊勢街道・九里半街道の要地で、主要街道である中山道の脇街道の宿場としても重要な地であった。中山道の今須(います)宿(現不破郡関ヶ原町)と当宿を結ぶ平井(ひらい)道もあった。「濃州徇行記」に牧田宿について「栗笠、舟付、烏江三ケ湊より九里半回し街道筋にあり、即此所村継なり」、また「此村は街道へ付ては村立よき所也、長屋門など構へたる百姓など四五戸あり、九里半回問屋を五井弥三郎と云、よき家造也、何れも先農業を専渡世とし、其外小百姓共は街道筋牛馬諸荷物附送りを以て渡世の助とせり」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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