日本歴史地名大系 「大垣宿」の解説
大垣宿
おおがきしゆく
大垣城下の南部から東部、美濃路の往還に沿って広がる宿場。西の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
大垣城下の南部から東部、美濃路の往還に沿って広がる宿場。西の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
…岐阜県の南西部にある市。1918年市制,67年赤坂町を編入。人口14万9759(1995)。揖斐(いび)川扇状地の末端部,標高10m以下の輪中地帯の北端にある。戦国時代に築城された大垣城は戦略上重要な地点であったため争奪戦が繰り返され,関ヶ原の戦の際の籠城は《おあむ物語》に詳しい。1635年(寛永12)譜代大名戸田氏10万石が封ぜられてから幕末まで続いた城下町であり,美濃路の宿場,桑名方面に水門川の舟運が通じる物資の集散地であった。…
※「大垣宿」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...